プロフィール

幼少期から高校まで

仲田幸生 なかたゆきお

名前の由来は、「幸」せに「生」きてほしい。

スキージャンパーの笠谷幸生氏と同じ名前。

幼少期からぶっ飛んでいた

2歳の時にディズニーランドに連れてかれたのは良いものの、

ディズニーランドで迷子になる。

迷子センターにも届けられず、見つけたと思ったら、街灯をボーッと眺めていたらしい……普通の子なら大泣きして周りに「迷子の子」だと気づかれるけど、自分は全く泣かなかったために、周りに迷子だと思われてなかった。

小学生の時には家出をする

1年生の時に東京タワーの展望台で迷子になる。

母と弟と3人で東京タワーに登り、母が弟に気を取られている隙に迷子になる。展望台は人でいっぱい。地上に行って受付のお姉さんに聞こう!と思い。

階段で降る暴挙。

残り1/3切ると脚はガクガク。スタスタ降りていく大人たちは手助けなんてしません。半ベソかきながら地上まで自力で降りました……

3年生の時に自転車で10分くらいの距離にある祖父母宅に家出した。

どうして家出をしたのかは、未だにわからない。未だにわからない、ということは一生わかりません。

家出の準備として、前日に衣類を遠足で使うリュックに詰めて、リビングのカーテン裏に隠しておきます。

翌日の朝7時前に親を起こさないようにコッソリと起きだし、家を飛び出す。祖父母宅まで家出成功、無事に自宅へ送り返されました。。。

味を占めた自分は、家出をもう一度計画。

同じく前日に衣類を遠足で使うリュックに詰めて、リビングのカーテン裏に隠しておきます。が、その夜にリュックがバレて家出失敗!

バレても家出したかったなあ……

登校時間の短さで選んだ中高一貫校

中学受験をして、都内の学校と千葉県の学校に合格。都内の学校は都心に向かい、乗り換え一回する一方、千葉の学校は乗り換えいらずの電車で7分。

これは千葉の学校一択だ!!ということで、入学。

中高で5年間卓球部を続け、中3の時に県大会に出場、ベスト32あたりにまで進んだ。また、地元の区の草大会にも出場し、2回優勝する程度の腕前はあります。

ちなみに戦型はカットマン。ツッツキが全く入りません。スマッシュを打つと、120%外す腕前。スマッシュが入ると、自分が一番びっくりする。

ツッツキもスマッシュも入らず、カットも微妙。というわけで、最近は表ソフトをやってみたい年頃。

中学生。特進クラスに入らないと、学校退学。

中2に上がるときに、「特進クラスが出来る」と話題になっていて、父から、「特進クラスに入らないと、退学な。」の一言で必死で勉強する。

地元の学校は、「治安の悪さ」で有名の学校。転校生で入って何をされるかわからない、とにかく必死で勉強した。

特に問題なく、特進クラスに入りました。杞憂だった。

高校生。文化祭の幹事を押し付けられた

高校の文化祭で、縁日をやることになり、仕入れ先にあいさつに行く。あいさつに行ったことがきっかけで、幹事を押し付けられた。完全にはめられた。

しかし、縁日のおっちゃんの言うことを片っ端から真似し、縁日は大成功。縁日にしては、ありえない額の売上をたたき出したらしい。

父がドカタだったので、モノづくりはお茶の子さいさい。赤白横断幕を知り合いから借りてきてもらったり、陳列棚を段ボールで作ってもらったり。

大体父にやらせてた感はあるけど。笑

仕入れ先のおっちゃんの話をただ真似するだけで成功する経験をした。ここでの経験から、先駆者のアドバイスは聞いておくもんだ、と実感する。

大学受験は見事に滑る

元々勉強していなかったので、落ちるべくして落ちた。第一志望は学習院大学だったけど、滑って専修大学法学部に入学。

どうして専修大学法学部に、だって?

家から電車40分、乗り換えなしで行けるから。

ここでも登校時間の短さを選んだ。

人生の明暗を経験した大学生活

元々大学ではスキーサークルに入りたかったので、スキーサークルに加入!小さいころから父の影響でやっていたし、「私をスキーに連れてって」が印象的だったから。

「どこもホームページの更新が止まっていて、活動しているのかどうかわからない!」

「あ、ここのサークル、わりとまともに更新してる!ここでいいや!」

こんなノリでスキーサークルに加入しました。それと、卓球サークルにも加入。

飲みサーということと、卓球のレベルがイマイチで、試合してて面白くなかった。なので、1年も経たずに退会。強い人もいたけど、タイミングが合わずに試合ができず。。。

スキーサークルの同期が自分ともう一人の2人しかいない代で、自動的に代表になりました。ついで、2年生からは約100人規模のスキー学生団体の運営にも携わることにもなる。

車の免許も取り、行動範囲が広がる。スキー学生団体を通してめちゃくちゃ友達が増える。

大学生活を存分に謳歌していました。

病み期の2年生後期と3年生

2年生後期あたりから、家にかかる税金で家計がだんだん火の車に。お金からくるストレスを発散しようとして、毎晩父が酒を飲んで暴れる。正直親父も被害者。でも残された人間の誰かが後始末をしなきゃいけない。

だいたい親父は夜中2時くらいまで暴れ、自分はその暴れる音で眠れない日々が続く。朝の4時にやっと自分は就寝し、起きるのは昼の12時。

目覚まし時計を掛けても、どうしても昼に起きてしまう。たまたま起きられた時に大学に行っても、頭がボーッとして授業内容が頭に入らない。

授業が頭に入らないので、授業がつまらない。次第に大学に行けなくなって、挙句の果てにはベットから起き上がれなくなる。

ベッドに溶けて沈んでいくような感覚が今でも残ってる。なんとも言えない気持ち悪さ。こんな状況なので、サークルの運営はボロボロ。学生団体にもめちゃくちゃ迷惑かけた。

ラインの連絡が来ても返す気になれず、未読がたまっていく。あまりにも返信しなかったので、大学の友人・サークル内で死亡説まで流れた。大学行ってなかったからね。

クレカの返済処理も面倒になり、コンビニ払いの用紙が来ても面倒で行かない。結果、強制退会。20歳にしてブラックリスト入り。

ただ外で動けるし、気分転換にもなるガススタバイトだけは辞めてはいけない、と思っていて、しんどくても頑張って働いてた。

気分転換にサバイバルゲームを本格的に開始

大学3年生の夏休み、バイトが休みの日はずっと家にいました。

「家にいたら気分が沈んでいく。外に出なきゃ。」

そう思った自分は、以前からやっていたサバゲーを本格的に始める。

自分は中学2年生に父の友人に誘われて、サバイバルゲームを初体験。以後、タイミングが合えば貸切サバゲーに参加させてもらっていました。

当時チーム内で流行っていたカスタムが、ガン&サープラス プロショップFIRSTの”
GENOCIDE [ジェノサイド] “。

秒間28発の鬼ハイサイクルカスタムで、トリガーを引くとBB弾が線で飛んでいく。

下の動画の36秒くらいからがわかりやすいです。

1発で済まないので、当たるとめちゃくちゃ痛いんですよ。そして音すらも恐怖。おっさんたちも中学生だからって容赦しません。

敵(中学生の自分)をやらなきゃ、自分(おっさん)が味方がやられるからです。

そんなおっさんら相手にサバゲーをしていました。そんなことを思い出し、大学生になった自分が思ったことはただ一つ。

「俺、意外と定例会だったら戦えるんじゃね?」

勝手に思い込んだ自分は、サバゲーチームを探して連絡を取る。2つチームに入って、1つは辞めましたが、もう一つはまだお世話になっています。

サバゲーチーム「関東方面隊」です。
関連記事:一人でサバゲーに行くのが不安なら、サバゲーチーム「関東方面隊」に入ろう!

チームに入れてもらって、定例会に殴り込み。

定例会で全く歯が立たない。

ずっとやってきていたのに、この結果は悔しい。悔しさをバネに、サバゲーの装備を揃え始める。サバゲーが楽しみになり、精神安定剤の代わりになっていきました。

夏休み明けてもサバゲー三昧。でも、大学には行かない。

夏休みが明けても、家から逃げるように毎週日曜日はサバゲー。今度は大学に行く意味がよくわからなくなって、大学に行かなくなった。

自分はガススタでアルバイトしているんですが、来店するお客さんを見ていたら、ふと思うんです。

  • 大学出ても出てなくても、死にはしない。
  • 大学出たら安定した生活は送れるのか?
  • そもそも安定した生活ってなんだ?
  • 自分は安定した生活をしたいのか?
  • 自分がやりたいことってなんだ???
  • たくさんギモンが溢れて、自問自答。大学には価値が無いとまで思い、大学に行く気も失せ、気付いたら留年。

    大学4年生になっていました。

    そして大学4年生

    名ばかりのスキー代表も後輩が引き継ぎ、自由の身になれた4年生。父も暴れなくなり、自分のココロも安定してきた。

    家のことやバイト先の経験を元に、いろんなことを考え出す。周りはリクルートスーツを着ていて就活をしている。

    同じ格好をしている一人にはなりたくなかった。1か月前まではチャラチャラしていたのに、髪を黒く染めて、

    「コミュ力があります!協調性があります!」

    どうしても気持ち悪かった。「就活が終点」と考える友達もいた。周りを見てると、就活をする気がどうしても起きなかった。

    自分に武器を身につけるために

    コミュ力や協調性といった、目に見えない力ではなく、目に見える力を身につけようと考えはじめた。

    そっちのほうが説得力があると直感で感じただけ。

    その結果、「プログラミングがこの先おいしいのでは?」と考えつく。この先ネットがなくなる未来が見えない。むしろネットは広がっていく。

    みんなスマホやパソコンを使っているのに、それらについて自分も含め、深く知らない人が多い。

    感じたことはなんでもやってみよう。人生一度きり。

    「やってしまったことの後悔は日々小さくなるが、やらなかったことの後悔は日々大きくなる」

    この言葉が頭の中から離れず、プログラミングについて調べ始め、あるサイトにつながる。
    関連記事:さて、プログラマー目指しますか。

    このサイトに惹かれて記事を片っ端から読んだ。

    そしたら、次にこのサイトに辿り着く
    関連記事:RYUKEN OFFICIAL BLOG

    ここの記事も片っ端から読みました。からの、オンラインサロンの存在を知り、加入するか3日悩む。

    「月1980円か……一日66円か……とりあえず入るか。合わなかったら辞めよう」という感じで、加入。

    最初はサロンの仕組みがわからなかったけど、使い方がわかってきて少しずつ書き込むように。
    関連記事:りゅうけんの『人生逃げ切りサロン』

    次に、サロンメンバーの方がカウンセリングをしていることを聞きつけ、カウンセリングをお願いしました。
    関連記事:ブログを始めるきっかけになった、あるカウンセリングについて。

    結果、ブログを始めることにしました。

    プログラマーになるためにサロンを入会したのに、気付いたらブロガーになっていたという笑

    ブログを始めてから

    ストレス発散になって、稼げるという理由でブログを始めました。沈んだ気持ちの気分転換として自分になくてはならない存在。

    ブログを通じて、知り合いがどんどん増えていく。視野が広がっていく。

    最初はガススタについて記事を書いていたけど、すぐにネタ切れ。次にサバゲーの記事を書き始めて、少しずつ記事を書いていくうちに、

    サバイバルゲームをみんなに伝えたい。

    自分が精神的に辛いのを和らげてくれた、サバゲーの魅力をみんなに伝えたい。

    サバゲーをやりたいけど、一歩が踏み出せない人の背中を押したい。

    サバイバルゲームを通して、人は変われます。自分は現在変わっています。

    これからの目標

    このブログが、どこかある人のサバゲーを始めるきっかけになりたい。

    サバイバルゲームは自分を救ってくれた素晴らしい娯楽です。そのサバゲーを、ブログを通して伝えていきます。

    将来はこのブログをハブ空港化したい。

    自分はサバゲー以外にも、色んなことに挑戦します。挑戦したことを記事にして、読者に届けたい。

    読んだ人たちが一人でも行動を起こしてくれたら最高。

    こんな感じで、自分のブログを通して色んなことを知ってほしい。分かりにくいかも……?笑

    <<2017/8/29時点でやりたいことリスト>>

    • ケルン大聖堂に行く
    • オーロラを見に行く
    • バイクでビーナスラインに行く
    • ホノルルマラソン完走
    • ドローンレース挑戦
    • トライアスロン挑戦
    • パラグライダー挑戦
    • スキー留学

    装備の選び方や戦い方、初心者向けの情報などについて記事を充実させていきます。

    そしてサバゲーに興味があるけど、勇気が出ない人の背中を押せる記事を書きます。